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2016年10月12日水曜日

アウトサイダー(ウィルソン)

アウトサイダーとは、事物を見とおすことのできる孤独者なのだ。それは不健全で神経病的な人間にすぎぬとする反対論に対して、ウェルズの主人公は答える――「盲人の国では片目の人間が王である」要するに、病におかされていることを自覚しない文明にあって、自分が病人であることを承知しているただひとりの人間がアウトサイダーなのだというのが、彼の主張である。本書でのちに問題とするアウトサイダーのなかにはこれをさらに推し進めて、病にかかっているのは人間性そのものであり、この不快な事実を正視する人がアウトサイダーであるとさえ断言するものがある。

自由とは、他の何物にもまして重い荷を背負うことであり、すべての人間に、自分でものを考え、善悪の問題を解決したうえで、その解決にのっとって行動せよ、国家や社会や家庭のために生きるのではなく、真理一途の人生を送れと呼びかけることなのだ。しかし、人間に対するもっと思いやりのある態度とは、人間を虫けらと考えることではなかろうか。永遠なる人生などといったところで、この種の人々には、とんでもない迷信としか受け取られぬであろう。いつの世にも、少数ながら、みずからを裁くことによって自由の理想を実現すべく努めるものがあり、この種の人間のみが孤立の苦悩を知る。

人間は、迷妄の底に深く沈み、自分を高く買う習癖に落ちこんでいるため、自己を知ることなど思いもよらぬのである。こういう見方をすることがアウトサイダーにとってたやすいのは、世の常となっている自己欺瞞を見抜きとおす鋭さがあるからだ。男も女も、すべての人間は、この自己欺瞞を通じて感情どおりにすべてを解釈する。それを見抜いた場合には、世の男女に対するスイフト流の軽蔑に落ちこむのが普通であり・・・(後略)

ヒューマニズムとは、精神的な怠惰の別名にすぎない。つまり、数学や物理学の世界を相手にすることに没頭するあまり、宗教の範疇については頭を悩まそうとしない科学者や論理学者の採用する曖昧な、生半可の信条、それがヒューマニズムなのである。

アウトサイダー(ウィルソン)

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