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2014年12月12日金曜日

エンデのメモ箱

そのときがくるまで、われらはわれらのやり方で戦いを続けよう。われらの宗教はポエジーという名である。人間にとり、ポエジーはその基礎生命維持に不可欠だと、ときには食べ物や飲み物より必要だとわれらは信じている。真の学問と、われらのポエジーが帰するところは、とどのつまりは同じだという者もわれらのなかにはいる。そういうことなら安心して待っていられる。ポエジーとは人間の創造力だ。常に新しく、自己を世界のなかで、世界を自己のなかで経験し、再認する能力である。だからこそ、どのポエジーもその本質において”擬人観的”なのだ。そうでなければ、それはポエジーではない。そして、まさにこの理由において、ポエジーは子供らしさと同族なのである。
ポエジーという言葉でわれらが意味するのは詩や本だけではない。それは生の形式であり、経験でき、体験できる世界解釈なのだ。

ある中央ヨーロッパ先住民の思い

現代の文化や精神的な活動は、これまでどの時代にもまして、カテゴリーをきちんと分けられず、混乱させています。ひとつですべての扉が開けられる、マスターキーがあれば一番だと思っています。この思考の安楽志向のために、美への問いそのものが捨てられ、忘れ去られました。モダンな美術作品、演劇、出版物をめぐる討論は、それがなにを言いたいのか、めずらしいアイデアなのか、新しいことかが問題で、それが美しいかどうかはまず話されることがありません。その必然的結果として、現代のモダンな美術や文学の大部分はこの美の要求をかかげようともしません。もはや美は目標でさえなくなりました。

永遠に幼きものについて

2014年12月6日土曜日

I Will Survive / CAKE

 

あんたなしでは生きていけないかと思った
でも毎晩毎晩考え続けたの
あんたがどれだけ間違ってたかって

で、あんたが戻ってきた
くそったれの鍵を交換しておくんだったわ

さあ、出ていって
わたしがぼろぼろになると思った?
ぶっ倒れて死んでしまうと思った?
いいえ、わたしは生きのびてみせる
愛することを知っている限り、わたしは生きられる

***

USで一番かっこいいバンド。

***

愛せるという驚嘆すべき能力。

***

好きでやっている、ずっと変わらない本来の仕事のストレスでぼろぼろになって、翻訳が慰めになったり。
久々に、半日CAKEを聴いていたり。
今日は(も)お休みの日。

それが詩のとき、女言葉は楽しいから好き。