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2013年8月18日日曜日

あい

 友に、文(ふみ)を書いた。

「君はサラリーマン生活が長いせいか、すっかり俗人になってしまって、芸術家としての自覚も矜持もないようだ」

 といったような内容のものだ。

 こんなやりとりは、いかにも古い時代、人々がまだ熱かった時代にしか見かけないもののようだが、つい先ごろ実際にあった話だ。

 言語表現というのは特殊だ。そこには、すべてが赤裸々に文字となってしまう。その人の人格、思考、過去、からっぽだな、ということまで、すべてが表れてしまう。隠しようがない。頭の中身を公開しているのとほとんど同じだ。
 このため、言語をあまり使用しない他の表現と比べたとき、発表の苦痛は比較にならない。「キモイ絵だね」ですむところが、どこがどう具体的にキモイのか、その人の思考の過程がなのか、行間からにじみ出る人生の背景がなのか、すべてがあからさまだ。

 そのせいか、古い知人も含めてわたしの周囲には、顔と名前と作品が一致する書き手がひとりもいない。わたしだけだ。
 このことは、街で知人に会ったとき、「君の作品読んだよ、あんなエログロなこと考えてるの」とか、「ずいぶんひどい人生送ってきたんだね」とか、言われる危険から、完全に彼らを守っている。
 彼らは自己の作品に対して責任を持っていないのだ。文学の専門家でない一般の知人から、「きちがいじみたこと考えてるんだね」と言われては困る。そんな状況は絶対に避けたい。「ああそうだ、これがおれの作品なんだ、おれの頭の中身だ」と返す覚悟がない。どこかの掲示板の罵詈雑言と同じで、書き捨てだ。

 こう考えてみると、太宰などのしていたことは、読み手がさらっと読む以上に、すさまじく勇気と覚悟のいることだということがわかる。あなただったら耐えられるだろうか、「おまえ、心中未遂なんてやってんの、女だけ死んで」「薬でぼろぼろだったの」なんて、無神経なやつに面と向かって言われるかもしれないのだ。

 芸術家なら、自分自身の十字架を背負って、やっていかなくてはならない。打ちのめされそうでも、昂然と顔を上げて。顔を背けるわけにはいかない。もし、幸運なことに背負う十字架がないのなら、それはそれなりの生き方があるだろう。

 こんな話がある。
 虐待を受けて育った子供がいた。それはまるでアウシュビッツのようだった。人生で一番最初に出会った人間、守ってくれるはずのものが、誰よりも真っ先に子供を攻撃した。なにをしても叩かれたし、なにをしなくても叩かれた。血が流れ、消えない傷跡が残った。虐待者の気分によってそのときどきの善悪が変わるので、子供は混乱して、どんな無茶苦茶な命令にも黙って服従するということをおぼえた。そうして毎日をおびえて過ごした。学業は優秀だったが、褒められたことは一度もなかった。友達と遊ぶことは許されず、ずっと家に閉じ込められていた。抱きしめてもらったことも、優しくされたこともないので、その子供は愛を知らない。常に否定されていたので、子供は、自分はクズで生きていてはいけないのだと信じていたし、交通事故で死んで慰謝料にでもなった方が、きっとみんな喜ぶに違いないとずっと信じていた。アウシュビッツは、金と神でいっぱいで、子供のいる余地はなかった。この子供を、救おう、あるいは、虐待者を止めよう、そう考える人間はただのひとりもいなかった。ただのひとりも。やがて、なんとか生き延びた子供は、芸術を志した。ぼろぼろになった子供に残されたものは他にはなにもなかった。かつての虐待者は言った。「よかったじゃないか、おかげで特殊な人間に成長して、それを題材に表現ができるんだから」そうかもしれない。だがそんなことが言えるのはいったいどんな人間なのか。
 福島の人たちは、苦難にあって、いつか、素敵な立派な人間に成長するかもしれない。苦しんで苦しんで、なんとか乗り越えた人は、苦しみの少ない人より、ずっと深く成長するものだ。しかしだからといって、あなたのために必要な苦難だったなどと言えるのはいったいどこのどいつなのか。あなたが人より重い試練に耐えられるから、わたしはあなたにより大きな試練を与えたのだ。そんなことは神にだって言わせはしない。

 過去のことじゃないか、忘れなさい。そんな言葉を、よく聞く。肉体の傷は癒えても、記憶は癒えない場合がある。深い傷跡が、人生全体を重く覆い尽くしてしまう場合がある。

 生活の話もした。
 ご多分にもれず、自由と引き替えに低収入になることや、どこそこの社員だといったような社会的な後ろ盾を失うのが、おそろしくておそろしくて仕方がないらしい。しかし、芸術家にとって、自由は必須だ。執筆のための時間に限らず、感じ考えること、学ぶこと、心身の修養はいくらでもある。それだというのに、まず生活があって、それの許す範囲内で、独自の活動があるのだという。なぜか、その逆ではないらしい。もし、自分自身の活動に真摯に向き合っているなら、この順序が逆になることは十分にありそうなことだ。そのうち、このくらいなければ生きていけない、という数字まで上がっていってしまって、それでも足りないと信じている人も少なくない。

 思想の自由というのがある。信仰の自由というのもある。頭のなかで、心のなかで、異常な思想を信奉するぶんには構わない。しかしその思想に従って、人々を皆殺しにしたりしてはいけないという。これは、実は、自由などではない。考えていることと、行為は、一致しなくてはならない。なぜなら、人間はいくらでも嘘がつけるからだ。
 これと同じことが日常生活にも言える。生活のために妥協して、行為の上ではやりたくもないことをやっているが、常に肌身離さない思想というのがあるんだ。みんなそう言う。しかし、そうこうしているうちに、肌で、生身で、日々行っている活動こそがその人の本音になっていって、頭のなかだけの思想は、ただの屁理屈になってしまう。このことに、本人は気づかない。

 手紙の最後の方で、意識の高低についてふれた。意識が高い、低い、最近よく聞く言葉だが、よくわからない言葉だ。要するに具体的にどういうことなのか。限りなく感覚的で、自己啓発本などを読んでなるほどと思うが、肌でわからない。きっとわからないだろう。

 それで、この文章。