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2012年10月28日日曜日

Dagger / Slowdive


世界は雑音だらけ
いつもそれを聞いてる

君がささやくのを聞いた気がする
いつもそう

ぼくは君の短刀
君の世界

2012年10月21日日曜日

活動報告

活動報告。


団地にある黒板で会議。


団地内広場にあるあずまやに設置。


こどもTAPPINO(タッピーノ)。


ルールと大人の方へ。


アートプロジェクト『とくいの銀行 ひきだそう会』に向けてちらしづくり。

***

「本業しないで遊んでるだけじゃないか」
そんな風に思いますか?
ところが、人生で大切なのは、土手でぼんやりしたり、子供と遊んだり、本や音楽に胸打ち震えたり、これすべて仕事です。
そういった諸々の経験が、感性を磨き、魂を成長させる。

この日よかったこと。
みんなの知らない一年生の子がきたので、「一緒に遊ばない?」と誘ったら、最初はなかなか四年生たちになじめなかったが、やがてみんなで元気に遊ぶように。
人と人とのつながり、こういったことは非常に重要だと常に考えています。
ぼく自身が孤立しがちなので。
最近は取材でコミュニティカフェに関わったり、人間関係の希薄さの問題によく触れていました。
ぼく自身のちょっとしたテーマでもあります。

2012年10月3日水曜日

神社 + 110円 - 猫 = 孤独


結局、ぼくなどというものは、いつもなにがしたいかわかっておらず、行き当たりばったり、街をぶらぶらしていたものが、神社なぞに落ち着いてしまい。


死にかけの猫と話す。
「大丈夫かい?」
「しっかりしろよ」
猫はよだれを垂らすばかり。
この猫はもうすぐ死ぬのだ。死病にかかっているのだ。


ベロが出しっ放しになってるよ。
でもぼくは全然気にしちゃいなかった、猫はいつか死ぬもんだ。
お互い孤独だ。だがこの瞬間に限っては孤独じゃない。そうだろう?
いっそ一緒に死んでやりたいくらいのものだった。
ぼくは全然構いはしない。


賽銭箱の下に小銭が・・・ だめだ、取れない。110円。

ぼくが猫の隣で、そうして賽銭箱のほとんど真ん前で、ぼんやりしている間、参拝者は二人あった。
ぼくは完全に邪魔だった。服装もいかれてた。アジアンだった。でも気にしなかった。
「ついでにこの猫のことも祈ってやってください」
むしろ心のなかでそうつぶやいていた。
遠くから、鳥居の外側から、ぼくに向かって頭を下げた人がいた。ぼくじゃなくて、神様にそうしていたには違いない。
ぼくは神を否定できない、むしろいてくれたらいいなあとすら思う、だが信じない。信じられないのだ。信じられたらどんなに素敵だろうといつも思う。

隣に猫がいるので落ち着いて、ノートなどを取り出し、少し考える。文章などを書いてみる。
少年時代のことを考えていたのだ。手首にひどく醜い傷のあるお婆さんのことを。
それは献血の帰りだった。

神主のごとき人が出てきて、「Tさんですか?」
「いいえ、違います」
訪ねてくる約束があるのに何時間も前からこんなところに座り込んでいるTさんというのはよほどの変わり者には違いない。

結局どのくらいいたろうか。
猫がのそりと起き上がり、離れていってしまったので、そこに居続ける気も失せた。
いま思えば、猫はただの老衰だったに違いない。老いぼれていたのだ。
首輪をしていて、神社の猫だった。母屋の方に餌皿があるのに気付いた。

そうしてぼくは帰った。
道ばたでずっと立ちすくんでから、そうして帰った。誰もいない家には帰りたくなかった。老いぼれ猫でもいいから一緒にいてほしかった。
ぼくは孤独だった。